――油断していた、そうとしか言えないだろう。

 タルキール女学校において包囲サイの名前を知らない生徒はいないだろう。
 アブザン科という口の中が砂でジャリジャリ言ってそうな無骨な生徒たちが集うグループにおいて、彼女だけは別格だった。
 屹立と頭上に輝く鋭い角、亀甲の如き表皮を艶やかに彩る真っ白なドレス、謙虚に垂れた首筋のすぐそこにはコブがあり、それは人間の乳房を思わせるなだらかな勾配を感じさせた。
 何よりも彼女が別格だったのは……その背中にそびえる物見櫓。そこに勇壮と乗る男は包囲サイに認められた者だけであり、タルキールの龍の玉座みたいなものであった。
「ああ、今日も包囲サイちゃんは素敵だ」
 クルフィックスの狩猟者は今日も艶めかしい包囲サイの肢体を遠巻きから眺めていた。
 土地をせっせと並べるだけの彼であったが、包囲サイのパワー4に自分のタフネスが丁度ゼロになることに運命を感じていた。
「きっと僕は包囲サイちゃんに押し倒されるために生まれてきたんだ。巨女っていいよね!」
 突然怪物化した百手巨人に張り倒された悪夢が一瞬だけフラッシュバックするクルフィックスの狩猟者であったが、百手巨人にスリーブが付けられることは今後ない。安心して眼前の桃源郷に視線を運んでいた。
 クルフィックスの狩猟者はモダンにまでやってきた包囲サイに完全にヤラれている。だから、包囲サイはいつだって自分の近くにいると錯覚しても仕方なかった。実際には全国区クラスの美少女だっただけなのだが、包囲サイの値段はクルフィックスを誤解させるのに十分だった。自分のほうが値段が2倍以上は高いのだから……。
(いつか必ず包囲サイちゃんと……)
 アブザン科に来たクルフィックスの狩猟者は虎視眈々と包囲サイが一人になるのを狙っていた。

「兄貴」
 上空から颯爽と細身の体を滑降させ、近づいてくるのは性欲のグリフである。
 クルフィックスの狩猟者は包囲サイの動向を常に観察するために、性欲のグリフを先兵として送り込んでいた。
「兄貴の言う通り、そろそろ大きな風が吹きそうです」
「だろうな」
 クルフィックスの狩猟者の視線の先――ライブラリーの上には砂塵破がある。
「あれを順当にプレイすれば包囲サイちゃん独りだけになる。好機が来たのだ」
 クルフィックスの狩猟者が笑う。土地をせっせと送り続け、重たいリセットカードをプレイするお膳立ては既に終わっていた。
「気まぐれに1枚差しエイスリオスが糞邪魔だったが、さっき完全なる終わりで取り除いておいた。包囲サイちゃんしか場には残らないはずだ」
 勝ちを確信した。包囲サイはもうクルフィックスの狩猟者の思うがままだと誰もが確信した。
 しかし……そうはならなかった。
 不穏なオーラが周囲に立ち込める。重たい空気の中で、クルフィックスの狩猟者と性欲のグリフは身をこわばらせた。かつてない感覚が二人を襲う。
「こ、これはなんだ」
「兄貴、まずい!神話レアのにおいがする!」
 そう叫んだ性欲のグリフが四方に爆散していく様をクルフィックスの狩猟者は茫然と眺めていた。
 神話レア――最悪の恐怖が唱えられたのだ。
「糞野郎!今どき黒単信心とか頭悪いデッキ組みやがるなと思ったら、ニクソスで唱えたいの、よりによってそれかよ!?」
 ターンを掌握されたクルフィックスの狩猟者のデッキから秒で唱えられたのは、当然先ほどまでライブラリーの一番上にあったカードである。
 我に返ったクルフィックスの狩猟者は自分の周囲を見渡す。――何もない。

『この戦いが終わったら俺、怪物化するんだ……』
 いつもそういいながら怪物化する前に胆汁まみれになるライオン。
『俺が先にいくからお前は早く土地を並べろォ!』
 いつもそういいながら稲妻の一撃される荒野の後継者
『お前の意味のないアタック、無駄じゃなかったぜ!』
 いつもそういいながら、なぜか兄弟で現れるロック鳥
『お前が生き残ればペスの姉貴という希望に繋がるんだ!』
 いつもそういいながら、マイナス能力だけ使って使い捨てられるソリン兄さん
『あたしまだ出れないじゃないの!早く白マナ持ってきなさいよ!』
 勝気な態度で鞭をふるうけど、本当はみんなを勇気づけてくれる、雪の女王の妹じゃないほうのアナおばさん
『ぺススキデス』
 死んだ目のエルズペス兵士トークンの皆さん

――みんないなかった。
クルフィックスの狩猟者を除いて、全ていなかったのだ。

そう、包囲サイですら例外ではなかった。彼女のいた場所には、真っ白なドレスが無残にも灰燼の深き中へと打ち捨てられていた。

包 囲 サ イ

好きだった……俺、包囲サイのこと好きだった……
墓地で眠る包囲サイを見下ろしながら、クルフィックスの狩猟者は膝を折り、その場で泣き続けた。
どうして俺だけが残ったのだろう。俺を残す必要なんてどこにもなかったのに!
だが、彼はみた。彼が何度も見たであろう一つ先の未来、ライブラリーの一番上。

ヨーグモスの墳墓、アーボーグ

「ま、まさかあの野郎、俺の能力を使ってこれを利用する気か!」
我に返るクルフィックスの狩猟者。
相手ターン。ヨーグモスの墳墓、アーボーグによって能力を最大限まで引き出した押し潰すヒルが現れる。
<ゲヘヘ、クルフィックスちゃーん>
声帯を持たぬヒルから、咀嚼音のような撥ね水を鳴らした声が反響する。
<お高く留まったお前みたいな1000円越えのレアをご主人は滅茶苦茶にしたくてタマラナイぜェ>
「下品なやつめ!」
<神々の軍勢なんて糞パックのくせにお前の態度が気に食わないんだよォ>
「ニクスへの旅ってろや!」
 ――クルフィックスのその一言は、ヒルの身体を怒りに強張らせるのに十分であった。
<てめぇあの世で闇の隆盛に謝れよォナァ!!>
 8/8と化した押し潰すヒルがムクムクとクルフィックスの狩猟者の前にそびえたつ。
「うわ、すげぇデケェ!」
<カタイゾ>
 ヒルのでかいのがクルフィックスの狩猟者の肢体を舐りだす。
「うわ、すっげぇこの黒ずんでて、無駄にイボイボがついててヌルヌルするやつがヤバい!」
<快楽に溺れたお前の姿を、何度もカバレッジで楽しんでやるゾ。タイムシフトしますか? はい>
「ニコどーう!!」


X-Tubeの仲間入りになる覚悟を決めたクルフィックスの狩猟者であったが、その刹那、眼前にヒルの頭上を切り裂く光の柱があった。
<ひ、ヒルゥ>
悲壮な断末魔と共にヒルは爆散していった。
「大丈夫ですか?」
「あ、あなたは?」
「私は死滅都市の悪鬼。あなたを助けるために召喚の調べでやってきたのです」
マナコストの割に謙虚なデーモンの振る舞いに思わず口を歪ませるクルフィックスの狩猟者。
「疑うようで申し訳ないですが、これはあなたがしてくださったのですか?」
それに黙って頷く死滅都市の悪鬼。続けて言った。
「包囲サイちゃんが……君を助けたんです」
「包囲サイちゃんが俺を?」
「包囲サイちゃんはエレボスの鞭で戻ることもできました。しかし……この状況でヒルを去勢するには彼女は力不足だった。僕でなくてはいけなかった。彼女はそれをわかってた上で……」一瞬言葉を詰まらせてから「――包囲サイちゃんたちがリムーブされてヒルのサイズを下げたのです」
そうか、それでサイズの下がったヒルは萎えたのか……
納得したクルフィックスの狩猟者。それを見て嬉しそうにする死滅都市の悪鬼。二人の間には特別な感情が芽生えていたのは間違いなかった。
「あなたには時間が必要です。ヒルが一度萎えたら1時間は休憩がいるように、あなたにも心と体を癒す時間がいる。私の国に行きませんか?」

答えは聞くまでもなかった。
空っ風の砂草原の城塞は二人には広すぎるだろう。
吹きさらしの荒野に何もない平地を進み、誰もいないはずの静寂の神殿で愛し合おうではないか。





――空っぽになった墓地を背に、二人だけのタルキールの龍の玉座が始まろうとしていた……

コメント

歓楽者LENO
歓楽者LENO
2014年12月24日19:59

テンションが迷子すぎて吹かざるを得なかったw

歓楽者LENO
歓楽者LENO
2014年12月24日19:59

テンションが迷子すぎて吹かざるを得なかったw

zama
2014年12月24日20:04

なんだこれww

hanimaru
2014年12月24日22:01

面白すぎるのでリンクさせていただきました。よろしくお願いします。
メリクリ。

アッシバー
アッシバー
2014年12月25日12:16

メリクリ(両目ぐるぐる

運び屋
2014年12月25日20:19

2月14日に期待

のその
2014年12月25日21:58

書き出しから笑いました。さすがhrtさんやで!笑

SHINE
2014年12月29日0:31

とんでもない所に迷い込んでしまったw

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